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4、古今アメリカ住宅事情

―​出会い系アプリは賃貸に通ず!?

画像:ルーイーとシンシアも住んだ!?エッジモント&バンバリー・マナー・アパートメント

(ルーイーが住んだアパートは「エッジモント・マナー」)

https://www.apartments.com/edgemont-banbury-manor-apartments-los-angeles-ca/p54j3st/

 目漱石が19世紀にロンドン滞在に使った下宿が、21世紀になっても未だに下宿として使われていて、しかもその下宿人への扱いがかなり酷いのも当時と変わらない!というのは、高尾慶子著「イギリス人はおかしい」により有名!?ですが、ルーイーとシンシアの愛の巣はどうでしょう?というのも実は、本編中の場所をネット検索してみると、未だにほぼ同名の賃貸アパートが、本編で記述のあるバーモント・アベニューのすぐ近くにあり、入居者を募集しているからです。03年版ではその描写は、シンシアが自分をまるで「モグラみたい」と言うに留まるくらいですが、56年版では「賃貸を始めて40年の埃のこびりついた物件」の描写はなかなかにシビアで、外国での貧乏生活の経験のある人なら、思わず唸ってしまうかも知れません。ここはまず、56年版の描写をつぶさに見てみましょう。これを読むと私達も、03年版にあるように、神に祈るほど新しい部屋(家)が欲しかった気持ちが、よく分かる?

 

 —「自分達はタール紙でできた、一つ屋根の下に集まった多彩な面々に、しばしば驚き、衝撃を受けた」

 ①外壁が空洞なため、ささやかない限り完全なプライバシーは守れず、真隣の人でこれを気にする人はほとんどいない

 ②「うるせえよ!」という甲高い声で、下のカップルがしょっちゅう喧嘩をおっぱじめる

 ③65歳の伊達男気取りが19歳の恋人を口説くのが聞こえて、こっちが恥ずかしくなる

 ④日曜の毎朝8時には、上の階からラジオで音楽が大きな音でかかり、建物の反対側の20フィート(※6M)先の部屋からは、二日酔いの声で「ラジオ消さねえと、上がって貴様の汚ねえ歯をへし折るぞ」と必ず反応がある

 ⑤こう言う彼だが、他人の寝たいという気持ちは意にも介さず、夜中の2時までブラインドを上げたまま、灯りを消さずに読書をする。シンシアはこれに「今夜、私の中で殺人が起きちゃうわ」と言い、隣の人の頭を銃で撃つ素振りを見せる

 ⑥これに備えて自分達もブラインドを降ろしたのだが、そうすると暗くはなっても、今度は唯一の吸気口から新鮮な空気が入って来ないので、かび臭くて眠れない

 ⑦冬は備え付けのストーブだけでは寒いので、電気ストーブも使われるのだが、これでブレーカーが日に3~4回は落ち、その度に上の階の女の人が、自分が疑われているのを知って「ワタシじゃないわ!ワタシはストーブつけてないもん!」と叫ぶ

 ⑧ひと冬が過ぎると、ふくよかで陽気だった管理人は、毎回ブレーカーを上げに階段を登らされ、また苦情の処理で、見る影もなく静かになってしまう

 ⑨次の管理人は女で、パス・キーを使って勝手にルーイーの部屋に入ると、ルーイーの酒を勝手に飲んで、既に膨らんでいた酒代をさらに膨らませる

 ⑩シンシアもこの状況はヤバイと思ったのか、自分は大丈夫だから、と手紙を書いてお母さんはアパートにこないように画策する(傷つけたくなかった)が、お母さんには信じて貰えず、

 ⑪淑女、「レディ」として扱われることに慣れていたお母さんは、通りの向かいの狭い部屋までお母さん送らないルーイーに対して泣いてしまう

 ⑫シンシアは出っ張った家具に足首をぶつけ、幾つも痣を作るが、家が狭すぎて一日中その部分を見ない日がしばしばあった

 ⑬改宗後も56年版には、シンシアが里帰り中のマイアミから、カリフォルニアに書いた手紙に「帰るにあたって一番嫌なのは、あの崩れかけて陰鬱な部屋にもう一度住むこと」とあり、そこから引っ越した晩は、「自分達はあまりに興奮してしまい、眠れなかった」—

 読んでみると、かなり劣悪な住環境だったことが分かります。しかもこの状況下でルーイーはPTSDを発症すると喧嘩っぱやくなり、うまくいかないのは全て神様のせいにすると酒量を増加させ、結婚前に一軒家に住みたいと繰り返し手紙で言っていたシンシアに(アンブロークンより)外を見せない程に家事をさせ、さらに改宗後に至ってもこの陰鬱な部屋に閉じこもり、誰とも会わずに過ごすのです。よくまあ別れなかった!なんて言ったら失礼かもしれませんが、Youtubeの動画によってはルーイーは、シンシアと別れたくないあまりにグラハムの所に行ったとも言っており、現代の読者がこうやってルーイーの著作を読めるのも、文字通り奥様のお陰と言っても決して言い過ぎではないでしょう。

 またこれはカリフォルニアのハリウッドの出来事ですが、実はジョージアに行ったアルフレッド・ワインスタインにも、同じような状況が生まれていました。

 ワインスタインのアパート建設を報じる1950年2月12日付、セント・ルイス・サンデーモーニング

お灸の話は別稿へ

 ワインスタインも戦争の英雄としてジョージア州のアトランタへ行きますが、しかし退役軍人達は英雄にして医師のワインスタインですら、「粗悪な住居を得るのに、とんでもない額を請求された」とあり、これは退役軍人のみならず、子持ちやペットのいる家族も家主から入居を拒否されるなど、厳しい住宅事情にありました。ここで彼は戦地で誓った、生きて帰ったら退役軍人のために何かしよう、という誓いを思い起こします。

 ——「家族とは、地域社会の基礎であって、大家が子どもを拒否すると言うのは、家族生活という大元の概念への攻撃であって、つまり大家は地域社会の安定を攻撃しているのだ」——

 いかにもワインスタインらしい怒り方ですが、彼はこう憤慨すると、何と自分でFHA・アメリカ合衆国住宅都市開発省から61万4千ドル(※7億5千万円以上) もの大金を借り、さらに自己資金及び友人達からの融資、5万ドルを足すと、(※6千万円)、アトランタに140世帯の入居できるアパート建設に着手します。しかしこういった既得権益への抵抗は、ジム・クロウ法が幅を利かせ(※人種差別法。黒人と白人は、役所の窓口等を別々に使っていた)、白人至上主義団体のKKKが活動するジョージアでは、「当然の反発(上記新聞より)」に遭い、現地の不動産協会からは、連邦住宅局からの融資への妨害、集合住宅の建設許可への妨害に遭いました。それでもあきらめないワインスタインは、地元住民を説得、嫌がらせと妨害をはねのけアパートを落成させると、入居者は新聞で募集。それによると部屋の内訳は、80部屋がひと月45ドル(※6万円弱)で、ベッドルームが1つ付いた24部屋は49ドル(※6万5千円弱)。ベッドルーム2つは36部屋で57ドル50セント(※7万6千円強)。しかも子どもやペット、楽器も歓迎で、当然誰もが入りたい中、優先入居者は「1、元捕虜、2、パープルハート章受勲者、海外戦線よりの復員軍人、4,復員軍人、5,民間人とし、さらに階級の低い人間を優先の上、KKKの人間はお断り」「ここで生まれた子どもには10ドル(※1万3千円)の銀行口座が与えられる。双子なら25ドル(※3万2千円)ずつ」とし、知性と正義感とユーモア、さらには福祉の政治感覚まで兼ね備えた、ワインスタインの人間性を存分に感じさせます。

 この新聞発表に対する世間の反応は大きく、ワインスタインは世界中からの応援の手紙と、残念ながら2件の脅迫電話を受けることとなりました。脅迫に対しては、だったらアパートにおいでよ、と電話の主を招待したと新聞にもありますが、脅迫主は実際には現れなかったそうで、これだけでも「ミスター・ワインスタインは大した人だ」と認めざるを得ませんが、「Barbed-Wire Surgeon」の長女のあとがきによると、彼は自身の医院でアフリカ系アメリカ人を積極的に登用、黒人社会のための奉仕活動を実施しており、さらに上記新聞記事の前年にアパートで行われた(おそらくオープニング)パーティーでは、コスプレをして大森でバードに強制された肥し、つまりウンコ運びの思い出を披露する訳ですから、とんでもないメンタルと正義感、ユーモアの持ち主と言わざるを得ません。

 1949年、ホルムズ・ストリート・アパートメントのパーティーにて、肥し運びの思い出を披露するアル。「Barbed-Wire Surgeon」より。徳田病室長に従順でなかった廉で、ネルソン・カウフマンと共に大森に送られると、2人で朝の7時~8時に掃き掃除、その後、慌ただしい朝食があってから、一日中肥し運びをやらされた。これが遅かったり、糞尿の汲み出し量が少ないとバードに鞭で打たれ、何の問題がなくとも鞭で打たれた

 

 

 

 多少遠回りをしましたが、訳者がこの2つの事実に注目するのは、ズバリ今も昔もアメリカの住宅問題は変わらずに、一部の人間による利権の独占が「自由」として許され、劣悪な場所は物質的のみならず精神的に、人の心の問題として実に劣悪だと思うからです。訳者は2020年の一時期、月750ドルの(8万円強)フロリダの学生寮に住んでいましたが、この時に住民同士が、住環境のみならぬ苛立ちを互いにぶつけ合う中で、心底嫌な思いでの生活を強いられました。ところが実はこの値段はまだ安い方で、2017年に公開されたフロリダの貧困家庭を描いた映画、「フロリダ・プロジェクト」では、貧困層向けの団地、つまり「プロジェクト」で停電が発生すると、「月に1,000ドル(11万円強)も払ってんのにしょっちゅう停電とかふざけんな!」というヤジが「事実に基づいたセリフ」として飛んでいます。またサブプライム・ローンの破綻から、家を担保にしていた人に対し強制退去の嵐の吹いた同州では、家の強制退去をやっていた人が、それをテーマにした映画「ドリーム・ホーム」にそのまま出演までしており、2022年現在でも貧困家庭が月に1,000ドル以上もの家賃を払わされると、建設ニーズの激変から突貫工事や検査の不備が常態化し、海沿いのコンドミニアムが倒壊して世界のニュースとなりました。

https://news.yahoo.co.jp/byline/abekasumi/20210702-00245728

 日本では高級コンドミニアムの倒壊と、貧困層の住宅問題は別だという人がいますが、しかし地価の異常な上昇に伴い、追い立てと突貫工事が常態化するのは、同じ社会現象の表と裏でしかありません。

 別件ではカリフォルニアで、こんなニュースもあります。

https://www.businessinsider.jp/post-237650

 リンクでは時給19ドルを貰ってもホームレスとあり、つまりは年収で400万円以上貰っていても、賃貸を含めて「家」に住めない人はザラにいるのです。こういった住宅事情は、「ノマドランド」という映画がアカデミー賞6部門を獲るまでに至りました。つまりアメリカにおいて住環境は常に投機対象となり、そこに住む人達は投機側の都合で右に左に振り回され、急に値上がりした家賃が払えず、家を追い出されることなど別に珍しくもなんともないことなのです。

 無論、日本人である訳者の意見には、必ず「アメリカには日本と違って敷金礼金がないし、家具も最初からついている」との反論があります。しかし家賃が実質日本円で11万円を超える賃貸に住み続ければ、いずれは敷金や礼金、家具や家電、紹介料に保険料以上の月額家賃を払わされるのは火を見るより明らかです。ゲストハウスやホステルはないのかという質問も多く聞きますが、住宅価格の上昇が止まらないような場所ではホステルその他の値段も当然高く、共用冷蔵庫のビールを秒殺で盗まれるような都市部の安ホステルに行かなければ、一日一万円はほぼ切らないとも言え、その先にはホームレスの生活が普通に待っています。

 ちなみに訳者が耐え切れずに学生寮を出た際は、年間契約の満了以前の退出だったため、ふた月分の家賃をきっちりととられました。これは代わりに寮に住む人間を見つけられれば取られることはありませんが、ネットで入居者を募集した所、明らかに若い女性を偽装した詐欺モドキの人間からアプローチがあり、小切手を送るから、その前に募集を取り下げてくれとコンタクトがありました。寮ではエアコンの調節が自分でできず、体調を崩した訳者は、毛布を3枚ほどウォールマートで買っており、これをドネーション・ボックス(寄付箱)に入れた所、ものの数分で誰かが持って行きました。

 

 訳者の恨み節はさておき、しかしそんな人間からすれば、かつてルーイーも住んでいた!?かもしれないアパートは現在はどんな所なのか、とても気になる訳です。では、2022年現在もネットに広告が載る、この住環境を見てみましょう。

 https://www.apartments.com/edgemont-banbury-manor-apartments-los-angeles-ca/p54j3st/

 え?写真を見ると素敵な場所に見える!?確かに日本で言う2DKで月に1295ドル~1550ドル(14万~17万円)で、水道・ガス・ネット込み、エアコン・冷蔵庫・オーブン付き、駐車場は月で100ドル(1万1千円)。価格高騰の激しいアメリカのハリウッド地区、かつ日本で言う式金礼金その他はないので、高いとも、比較的には安いとも言えるでしょう。これに釣られて見学に行く人もチラホラいるようです。しかしエア・ビー・アンド・ビーや、オンライン・トラベル・エージェンシー各社(ネットの旅行代理店。Agoda Trivago  Booking.com 楽天トラベル等々)が、整形手術の釣り広告のような写真を乱発する時代に、こういうものを簡単に信じてはいけません。ここは口コミサイトのYELPで、実際の所の口コミを見てみましょう。そしてこれがなかなかに、期待!?を裏切りません。

https://www.yelp.com/biz/edgemont-and-banbury-manor-los-angeles

 ②Shima S 第一印象から最悪だった。部屋を見たけど案内した人は基本的な質問にも答えられないようで、仕事への興味も見られなかった!基本的なルールとして、物を売るって、自分にある興味や刺激を示すことですよね?こんな管理をしている所になんて、絶対に住みたくないです!

 ③Tawny S 契約前の質問には一切答える気がない。2秒の内覧で基本的な礼儀もなっていない

 ④名無しのR 管理人に留守電残しても、事務所に電話入れてもほぼ返事が来ない

 ⑤Rikki N よさそうだと思ったけど、とんでもない間違いだった!(ここだけ全部大文字)内覧に行くとすぐにそこが汚いと分かる場所で、管理人は極めて無礼で頭が悪く、いらっしゃいませの一言もない

 そしてここで日本人が注目すべきは、③の意見にはビジネス・オーナーだという、 Candice  G が、以下のように返信を入れていることです。

 ——「こんにちはタウニー(ジーンじゃありません)。昨日はご満足いただけなかったようで残念です。アナタは無職で保証人もいないのでウチの要件を満たしていません。これがレビューに影響したのかも知れませんね。当方の管理人マイクは多くのカリスマ性と経験に富んだ人間で、彼が「2秒」しか部屋を案内しなかったと聞いて驚いています。質問に答えていないということですが、私が見た所、彼は3通のメールで6つの質問に答えています。彼はプロフェッショナルであり、それぞれの質問にも充分な返答を送っています。難しいと思うけど(hopeでなくwishを使っている)、いい部屋みつかるといいですね」——

 日本ではほぼありませんが、不動産屋が返答ついでに、入居希望者をネット上で軽く罵倒している訳です。これらの対応は契約時の話だけであって、住環境や管理会社の労働環境その他に、大きくは影響しないのでしょうか?少しはマシな評価はない?

 実は訳者は星1つのネガティブな物を先に拾いましたが、最新のレビューには実は星5の高評価が入っています。

 ①Darian L

 「10年間ここに住んでいますが、パートナーの仕事の都合でロサンゼルスを離れることになったため、引っ越します。このアパートで過ごした時間が本当に大好きでした。一人一人の管理人さん達は最高で、修理スタッフや用務員の人達もフレンドリーで親切でした。街は色々な所に、歩いて行ける環境で、ここよりいい場所なんてないし、多くの隣人とも友達になりました。ここで過ごした時間にとっても感謝しているし、ここはもうただのアパートではなくて、自分の家だと思っています」

 おにぎり記事を読んだ後にこれを読むと、何やらロシアが乱発するプロパガンダのようですが、しかし実は高評価はもう一つ、実はスパム報告され、クリックしないと表示されない物もあります。

 ⑥Dawn O

「ここに1年以上住んでいたが、管理人も大家も何かあればすぐに来てくれて、ここでできた友達はまるで家族のようだわ。MCMがどれだけ素晴らしかったか、言葉にできない・・・」

 しかしこの口コミには、自分が該当アパートに住んでいたという記述は全くなく、MCMって何やねん?という疑問には誰も答えてくれません。スパム報告されているレビューと、①の褒め方が似ていることと、②~⑤の苦情の一致は、トータルでどうも同じことについて言っているように見えるのは気のせいでしょうか?訳者がこれらを見て、自分にコンタクトをとってきた偽装オンナを思い出したのは言うまでもありません。

 

 このことをアメリカ人の知人に言った所、「これがインターネット時代というものだよ。ああいうのも、プロパガンダ・レビューはAIが書いてるからね。アメリカはどこ行ってもとは言わんけど、そういう所、フロリダとかカリフォルニアは多いだろううよ」とのことでした。

 P・S 訳者は現在日本で、旧住宅供給公社の団地に住み、礼金も仲介手数料もない格安の家賃で、清潔かつ静かな住環境を提供して頂き、心から感謝をしております。このコラムを読むことで、訳者がどうして「頑固者」ワインスタインを尊敬するのかを、理解して頂ければ嬉しい限りです。ちなみに新婚のザンペリーニ夫妻の居た愛の巣も、いつか夏目漱石の下宿のような観光名所に!?なる日が来るのでしょうか。ルーイーとシンシア、夏目漱石にワインスタインを加えたら、迷惑な隣人、大家への悪口で大変に盛り上がる!?

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